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大阪高等裁判所 平成10年(行コ)14号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

次のとおり付加・訂正するほか、原判決の「第二 事案の概要」(原判決三頁二行目から一六頁七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六頁初行の「同月一五日」を「平成八年一〇月一五日」と改める。

2  同七頁七行目の「(法人等事業活動情報)」を「法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報(以下「法人等事業活動情報」という。)が記録されていて、開示しないことのできる公文書」と改める。

3  同一一頁七行目の「本件条例一〇条三号本文」の次に「の法人等事業活動情報が記録されており、開示することにより、正当な利益が損なわれると認められる公文書」を、同一六頁三行目「本件条例一〇条三号本文」の次に「の開示しないことができる公文書」をそれぞれ加える。

第三  当裁判所の判断

一  争点について

1  まず、本件非開示部分が、本件条例一〇条三号本文の法人等事業活動情報に該当するか否かにつき、検討する。

証拠(甲三ないし五、乙五、七)によると、同条同号本文の事業を営む個人の当該事業に関する情報とは、営利を目的とするかどうかを問わず、事業内容、事業用資産、事業所得等事業活動に関する一切の情報をいうと解される。そうすると、本件非開示部分すなわち本件銀行名等及び本件印影は、それが法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体のものであれ、個人のものであれ、右法人等事業活動情報に該当するとみるのが相当である。

2  次に、本件非開示部分に記録されている情報を開示することにより、本件条例一〇条三号本文の法人等事業者(以下単に「事業者」という。)の競争上又は事業運営上の地位、社会的信用その他正当な利益が損なわれるか否かにつき検討する。

事業者が取引する銀行口座やそれに使用する印章・印影については、一般的には、いわゆる内部管理情報として秘密にしておくことが是認され、これらの内部管理情報につき、事業者は、開示の可否及びその範囲を自ら決定できる権利ないしはそれを自己の意思によらないでみだりに他に開示、公表されない利益を有しているというべきである。したがって、事業者の意思によらないでその内部管理情報が公表されることは、事業者の正当な意思、期待に反するというべきであるから、本件非開示部分を開示することにより、同条同号本文の正当な利益が損なわれるとみるのが相当である。

なお、証拠(甲四、乙五)及び弁論の全趣旨によると、奈良県は、奈良県情報公開条例の解釈運用基準として「情報公開事務の手引」を作成しているが、その中で、同条同号本文の競争上又は事業運営上の地位、社会的信用その他正当な利益が損なわれると認められるものとして営業上又は販売上のノウハウに関する情報等四つの情報を挙げ、同情報の具体例の一つとして預金口座を挙げていることが認められる。右認定によると、本件条例の立法者も、預金口座は開示しないことを予定していたというべきである。

これに対し、被控訴人は、同条同号本文の「開示することにより」という文言から、事業者が秘密として取り扱っている内部管理情報であることが前提となっていることが明らかであるとか、「競争上又は事業運営上の地位、社会的信用その他正当な利益が損なわれると認められること」の要件を充足するためには、本件非開示部分の開示によって、いかなる個別具体的な利益侵害がいかなる程度に、かつ、いかなる蓋然性をもって生ずるかを控訴人において主張立証しなければならない旨主張するが、同条同号及び本件条例の文言、体裁のみならず、その趣旨、目的等を斟酌しても、右主張を採用することはできない。

また、被控訴人は、本件非開示部分は、それ自体営業上のノウハウや社会的信用等と関連するものではないし、一応経理に関する情報といえるにしても、その開示によって事業者の金融機関との取引内容や事業者の経理内容、経営状態等が第三者に明らかになるわけでもなく、情報の性質上、開示により正当な利益を侵害するおそれがないものである旨主張する。しかし、本件非開示部分である本件銀行名等及び本件印影は営業上のノウハウとみるのが相当であるうえ、その開示によって事業者の金融機関との取引内容や事業者の経理内容、経営状態等が第三者に明らかになるわけではないが、前記のとおり、本件非開示部分である内部管理情報について、事業者がその意思によらないで公表されることのない期待等は十分尊重されるべきであるから、やはり正当な利益にあたるというべきである。また、証拠(乙一四の一ないし一二、一八、一九、二二の一・二、二七)及び弁論の全趣旨によると、預金口座や印章等を悪用して実際に犯罪が行われたり、行われるおそれのあることや顧客情報及び消費者金融の個人情報が盗用されたり、流出している事例がかなり発生していることが認められる。右認定及び顕著な事実によると、預金口座をはじめ、営業上又は販売上のノウハウに関する情報は、悪用されるおそれが多分にあるというべきであり、この点からいっても、右情報は十分に保護されるべきである。確かに、被控訴人主張のとおり、これまでに、本件と同様の情報公開制度の利用により得られた預金口座等の情報が悪用された実例は知られていないが、それは今のところ、情報公開制度を利用する人が限られているからで、将来、多数の人達がしばしば同制度を利用するようになった場合、悪用されるおそれがないと断定することまではできないと思われる。したがって、被控訴人の右主張は採用できない。

3  さらに、被控訴人は、本件非開示部分の開示の必要性(公益性)に鑑みれば、本件条例一〇条三号ただし書ウに該当するものとして開示されるべきである旨主張するので、検討する。

本件条例一〇条三号ただし書ウは、同ただし書ア又はイに掲げる情報すなわち事業活動によって生じ又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体等を保護するために開示が必要な情報、又は、違法、不当な事業活動から生じ又は生ずるおそれがある支障から人の財産、生活を保護するために開示が必要な情報に準ずる情報であって、開示が公益上必要であると認められるものと定めていることからすれば、右ただし書ウが開示すべきものとする情報は、本来、単にそれが公益にかかわるものであるというにとどまらず、公益性が相当程度に高いものを予定しているというべきであるから、当然に本件非開示部分が右情報に該当するとは考え難い(乙五によれば、奈良県作成の情報公開事務の手引は、右ただし書ウの具体例として「自然環境、動植物の保護、文化財の保全等に関する情報のうち、要件に該当するもの」を掲げているが、右例示は至当である。)。

もっとも、右公益性の点をよりゆるやかに解するときは、被控訴人主張のとおり、本件非開示部分が開示されることによって、奈良県民は、奈良県の相手方である事業者の預金口座等を実際に調査することが可能であり、それにより奈良県の食糧費にかかる正確な支出を把握しやすくなるから、開示の必要性は高いと一応いうことができるし、本件非開示部分の非開示により、控訴人担当者がその公文書の一部を塗って見えなくするなどの煩瑣な事務手続が解消されることも、公益性につながるものではある。しかし、前記のとおり、事業者がその意思によらないで本件非開示部分を開示されることのない期待等は十分に尊重されるべきであるうえ、控訴人が開示しなければ、本件非開示部分の情報を入手できないというものではなく、本件非開示部分の情報を入手したいのであれば、被控訴人も認めるとおり、事業者と取引をするなど適宜な方法を利用すれば、比較的容易に入手できると思われることなどに照らすと、本件非開示部分が同条同号ただし書ウにいう、開示することが公益上必要であると認められるものに該当するとまでいうことはできない。

したがって、被控訴人の右主張も採用できない。

4  以上のとおり、本件非開示部分は、本件条例一〇条三項の開示しないことのできる公文書に該当するというべきである。

二  結論

以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、理由がないから棄却すべきであるところ、これと異なり、被控訴人の請求を全部認容した原判決は不当であるから、主文のとおり原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官 横田勝年 裁判官 岡原剛)

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